「インシビリティ」とは? これからの職場づくりに欠かせない「尊重」のコミュニケーション

「スタッフ同士の雰囲気が少しギスギスしている気がする。」
「ハラスメントというほどではないけれど、気になる言動がある。」
「退職者は表立って言わないが、実は退職理由が『人間関係』だったりする」
クリニック・動物病院の院長先生や中小企業の経営者様から、このようなお話を伺うことがあります。
近年、このような職場の「空気」を考えるうえで注目されている言葉があります。それが「インシビリティ(Incivility)」です。まだ日本では聞き慣れない言葉ですが、お聞きになったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
先日、日本政策公庫金融公庫による調査結果の記事でも取り上げましたが、採用が難しい時代に、クリニック・動物病院様や中小企業様にとっては働きやすい環境づくりが将来に向けて鍵となります。この「インシビリティ(Incivility)」は、人材不足が続く今だからこそ、組織づくりのキーワードとして知っておきたい考え方の一つです。
目次
インシビリティとは「礼節を欠いたコミュニケーション」
インシビリティ(Incivility)は、「礼節」「礼儀」を意味する civility に、「~ではない」を意味する接頭語 inが付いた言葉です。
直訳すると、「礼節がない状態」。つまり、相手への敬意や配慮を欠いた言動を指します。
例えば、
- 挨拶を返さない
- 人の話を最後まで聞かない
- 相手の発言を途中で遮る
- ため息や舌打ちを繰り返す
- 冷たい口調や威圧的なメールを送る
- 相手を軽視しているような態度をとる
どれも、一つひとつを見ると「それくらいならよくあること」と感じるかもしれません。しかし、このような小さな無礼や配慮不足が積み重なることで、職場の雰囲気は少しずつ悪くなり、「相談しづらい」「質問しづらい」「意見を言えない」という空気が生まれてしまいます。
インシビリティは、大きなトラブルよりも、「小さな違和感」の積み重ねなのです。
ハラスメントとの違い
「それってハラスメントと同じでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。確かに似ている部分はありますが、両者には違いがあります。
- ハラスメントは、法律や厚生労働省の指針などでも定義されており、優越的な立場を利用した言動や人格を傷つける行為など、一定の要件が問題になります。
- 一方、インシビリティは、違法性や明確な悪意の有無よりも、「相手への敬意が欠けたコミュニケーション」に着目した考え方です。
そのため、法律上はハラスメントに該当しないケースでも、職場環境に悪影響を及ぼすことがあります。
そして、インシビリティが放置されると、それがやがてハラスメントにつながったり、職場の人間関係の悪化や離職につながったりすることも少なくありません。言い換えれば、インシビリティは「職場の健康状態」を示すサインともいえるでしょう。
「悪気はなかった」が一番起こりやすい
インシビリティの最も難しい点は、本人に悪意がないケースが非常に多いことです。
「忙しかっただけ」
「そんなつもりはなかった」
「冗談だった」
「昔からこういう言い方をしてきた」
「自分もそうやって教えられてきた」
「悪気があるわけではない」
本人はそのように考えていても、受け手は萎縮し、傷つき、「もう相談するのはやめよう」と感じることがあります。
特にクリニックや動物病院では、診療中は時間との勝負です。患者様や飼い主様への対応、緊急対応、スタッフ不足など、常に忙しい環境だからこそ、つい言葉が短くなったり、表情が険しくなったりすることもあるでしょう。
また、中小企業では少人数であるがゆえに、「これくらい言わなくても分かるだろう」「家族みたいなものだから」という感覚が生まれやすい面もあります。
しかし、発信した側の意図と、受け取った側の印象は必ずしも一致しません。だからこそ、「悪気はないから大丈夫」ではなく、「相手にはどう伝わっただろうか」という視点を持つことが大切になります。
リーダーの姿勢が職場の文化をつくる
職場のコミュニケーションは、トップや管理職の姿勢に大きく影響を受けます。院長先生や経営者様がスタッフに敬意をもって接していれば、その姿勢は管理職へ、そしてスタッフ全体へと広がっていきます。
逆に、トップが忙しさを理由に冷たい対応をしていると、それが職場の「普通」となり、同じようなコミュニケーションが連鎖してしまいます。
近年よく耳にする「心理的安全性」という言葉があります。これは、「安心して質問できる」「相談できる」「意見を言える」と感じられる職場の状態を指します。心理的安全性が高い組織では、ミスやヒヤリ・ハットの報告も早く、情報共有も活発になります。
医療現場や動物病院では、こうした環境は患者様や飼い主様への安全で質の高い医療サービスにも直結します。
また、中小企業でも、スタッフが安心して意見を出せる環境は、業務改善や新しいアイデアの創出、生産性の向上にもつながります。
つまり、「相手を尊重するコミュニケーション」は、人間関係を良くするだけではなく、組織の成果にも影響を与える重要な経営課題なのです。
人手不足の時代だからこそ「働き続けたい職場」へ
現在、多くの業界で人材の確保が大きな課題となっています。
クリニック・動物病院の院長先生や中小企業の経営者様にとっても、「採用できない」こと以上に、「せっかく採用した人が定着しない」ことが悩みというケースは少なくないかもしれません。
給与や福利厚生ももちろん重要ですが、それだけで職場を選ぶ時代ではありません。
「この職場なら安心して働ける。」
「困ったときに相談できる。」
「自分を大切にしてもらえている。」
そう感じられる職場文化こそが、人材の定着につながる大きな魅力になります。
クリニック・動物病院様や中小企業様ができる対策
法令で定められたハラスメント対策だけでなく、「日頃のコミュニケーション」を見直すことも、重要な労務管理の一つといえます。
例えば、
- 管理職向けのコミュニケーション研修を実施する
- 定期的な1on1ミーティングを取り入れる
- スタッフが安心して相談できる仕組みを整える
- 「ありがとう」「助かりました」といった感謝の言葉を組織全体で増やす
こうした取り組みは決して特別なことではありません。しかし、小さな積み重ねが、組織の信頼関係を育み、結果として離職防止やエンゲージメントの向上、生産性の向上へとつながっていきます。
インシビリティ対策の目的は、誰かを責めたり、「これはダメ」「あれもダメ」と職場を窮屈にすることではありません。目指したいのは、お互いを尊重し、安心して働ける職場です。インシビリティという言葉をきっかけに、ぜひ「何を禁止するか」ではなく、「どのようなコミュニケーションを育てたいか」という視点で、職場づくりを見直してみてはいかがでしょうか。
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