会社設立・雇用したら「労働保険・社会保険の手続き」
目次
会社設立、従業員を雇ったら押さえておくべきことは
人生100年時代と言われるようになり、終身雇用制を採用しない企業も増えつつある現在、起業や開業も以前に比べ人々にとって「新しい進路・生き方」の選択肢の1つになってきているのではないでしょうか。
起業家支援や助成金などの後押しもあり、起業・開業、そして会社設立をされる方・興味をもたれる方も以前に比べ増えてきている傾向です。
個人が会社設立されることも珍しくなくなったものの、会社を設立するとやらないといけないことが多く目が回ります。会社設立後に必要な行政への届出だけを上げても、
- 税務署へ国税の届け出
- 都道府県税務事務所と市町村役場へ地方税の届け出
- 年金事務所へ健康保険・厚生年金保険新規適用の届け出
があります。
これらは、従業員がいなくても、経営者(社長)の報酬があれば、加入する必要があります。
そして、会社を設立し、従業員を一人でも雇うとなったきには、必ず労働保険に加入しなければなりません。労働保険には労災保険と雇用保険があり、労災保険は従業員を雇った時点で、雇用保険は従業員の労働時間が1週間に20時間以上(31日以上見込まれる)時点で加入しなければなりません。
この労働保険は、従業員が勤務中や通勤途中にけがをしたり病気になったとき、また退職や解雇による失業で収入がなくなったときなど人生の様々なリスクに備えて会社や従業員が保険料を支払い、要件が満たされたときに必要な給付が受けられるものです。
また、社長一人であっても会社設立時に加入しなければならない社会保険は、正社員など加入要件を満たす従業員は加入させなければなりません。
雇用主である経営者は社会保険・労働保険に加入し、会社で働く従業員から保険料を徴収し納付するという大切な役割があります。
雇用されているときは、お給料から引かれていたのは何となく知っているけど、いざ起業・開業し雇用主になると、手続きの仕方、保険料の計算の方法、保険料の申告、必要書類、などややこしい作業がたくさん。
「一度やれば、あとは同様の手順!」と思いたいところですが、実際はそうはいかないのが社会保険・労働保険。保険によって保険料率が更新されたり、手続きの方法に変更があったり、法の改正で適用条件が変わったり…と常に最新の情報を把握し、正しく行わないといけません。
ぜひ、会社設立を考えている方、経営者の方、起業家の方のご参考になればと思います。
社会保険・労働保険とは?
社会保険・労働保険と2つの言葉で言い表されていますが、実は2つの種類の保険ではありません。
実際は、医療保険(健康保険)、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5つの保険を言います。
このうち、医療保険、年金保険、介護保険の3つを「社会保険」と呼び、雇用保険、労災保険の2つを「労働保険」と呼びます。(※5つの保険を総称して、「社会保険」とも呼びます)
社会保険(医療保険・年金保険・介護保険)はすべての国民が必ず加入しないといけない保険です。
それに対して、労働保険(雇用保険・労災保険)は労働者の雇用や生活を守るための保険のため、会社などで働いている場合にその対象となれば加入する保険になります。
社会保険・労働保険は、国の社会保障制度の一つなので、要件にあてはまる事業所(会社)とその従業員は必ず加入することになります。
要件に当てはまる場合、雇用主である、経営者の方は従業員の社会保険を従業員に代わって計算し、納付する必要があるので、それぞれの保険についてしっかり押さえておきましょう。
覚えておきたい5つの社会保険の概要
従業員を雇用する経営者として必ず知っておきたい社会保険・労働保険の5つの保険。
それぞれの保険がどのようなものか、そして会社として押さえておくポイントを見てみましょう。
- 医療保険(健康保険):
被保険者が病気やけがで医療機関を受診する際に、一定の負担割合で受診することができる保険です。私たちが病院へ行った際に提出する「健康保険証」は、入っている保険者によって交付されるものです。加入する保険は、対象者(対象事業所)によって異なります。
会社(対象の事業所)が加入する医療保険とは?
中小企業や医療法人のクリニックなどであれば、「全国健康保険協会」(通称、協会けんぽ)に加入するケースがほとんどです。
大企業・大規模な事業者であれば、独自に組合を設立し、そこの健康保険(組合健保)に従業員を加入させます。
個人事業主など、加入対象ではない場合は、「国民健康保険」へ加入します。
- 年金保険:
年金保険は、被保険者が一定の年齢になったときに支給される「老齢年金」のほか、障害認定を受けた時に支給される「障害年金」、死亡した際に遺族に払われる「遺族年金」が年金保険に含まれます。
会社(対象の事業所)が入る年金保険は?
年金保険には、①国民年金保険と②厚生年金保険の2つの種類があり、対象となる事業所は厚生年金に加入することになります。
日本の年金の仕組みとして、会社員(=従業員)は厚生年金に加入することになりますが、この厚生年金に加入することで同時に国民年金にも加入していることになり、毎月国民年金+厚生年金の保険料を支払う構図になっています。(一般的に給与で「厚生年金保険料」の科目で徴収されますが、この保険料には国民年金保険料も含まれた形で徴収されていることになります)
加入の手続き・相談は、管轄の年金事務所になります。
-
介護保険:
介護が必要な高齢者が適切な介護サービスを受けられるように、社会全体で支える制度です。被保険者は40歳に達した月から加入して保険料を支払います。それを財源として介護が必要な人は、費用の一部を負担するだけで、さまざまな介護サービスを受けることができます。
会社(対象の事業所)が入る介護保険は?
介護保険は、基本的には加入している健康保険と合わせて保険料が徴収される仕組みになっています(被保険者である従業員が40歳に達した月から65歳に達する前月まで)。よって、別途加入の手続きなどは発生しません。
労働保険(労災保険・雇用保険) - 労災保険:
労働者が業務上または通勤中にケガや病気になった場合などに、労働者を保護するために必要な給付を行う保険です。また、労働者の社会復帰などをはかるための事業も行っています。
会社は最初の従業員を雇用した日から労災保険の加入が必要となります。(手続きは管轄の労働基準監督署へ)
労災保険の保険料は、全額が事業主の負担となり、従業員への負担はありません。
- 雇用保険:
労働者が失業した場合や、雇用の継続が困難となった場合に、労働者の生活および雇用の安定を図るとともに、再就職を促進するために必要な給付を行う保険です。
また、失業の予防や雇用構造の改善などをはかるための事業も含んでいます。
雇用保険の保険給付としては、以下の4つがあります。
- 求職者給付(失業保険、技能習得手当、など)
- 就職促進給付
- 教育訓練給付
- 雇用継続給付(育児休業給付、介護休業給付、高年齢雇用継続給付、など)
会社は保険の対象となる従業員を雇用した日から加入が必要となります。(手続きは管轄のハローワークへ)
また、従業員の入社時や退職時、育児休業・介護休業などの際に各種手続き・対応が必要となります。
社会保険へ加入の対象となる事業所・対象となる従業員は?
すべての国民が強制加入となる社会保険ですが、全ての会社・事業所が加入の対象になるのでしょうか?そして全ての従業員が対象となるのでしょうか?
詳細を以下にまとめていますが、基本的には会社を設立した場合(法人事業所)は加入しなければなりません。
そして、対象となる従業員は労働時間によって異なります。
- 事業主を含む従業員が1人以上の法人の事業所(社長一人の会社でも「報酬」があれば適用となります)
- 個人経営で 常時勤務の従業員を5人以上使用する事業所※
※ただし、以下に該当する業種は強制加入の対象外となります。
- 農林水産業
- サービス業(飲食・旅館/その他宿泊業・理美容・銭湯など)
- 映画・娯楽業
- 法務業(弁護士・税理士・行政書士・社会保険労務士など)※2022年10月1日より見直し予定
- 教業(神社・寺院・教会)
上記に挙げた、加入が強制となる事業所を「強制適用事業所」と呼びます。
もしも、上記の強制適用事業所の対象にならない事業所でも、一定の条件を満たせば任意に社会保険の適用を受けることができます(これを「任意適用事業所」といいます)。その際は、別途申請の手続きが必要です。(参考:任意適用申請の手続き|日本年金機構 )
- 正社員は原則全員加入対象(ただし厚生年金は70歳未満)
- パート・アルバイトなど、1週間の所定労働時間および1カ月の労働日数が正社員などの一般社員の4分の3以上の従業員
- 正社員などの一般社員の所定労働時間および所定労働日数の4分の3未満であるが、下記の要件をすべて満たす従業員:
- 常時 501人以上の企業(特定適用事業所)に勤めているパート・アルバイトのうち
- 週の所定労働時間が 20時間以上あること
- 雇用期間が 1年以上見込まれていること
- 賃金の月額が 8.8万円以上であること
- 学生でないこと
上記の通り、正社員だけに限らず、アルバイトやパート形態で働いている人でもこの加入対象者に該当する場合、会社はその人を社会保険に加入させる義務があります。
(参考:適用事業所と被保険者|日本年金機構)
労働保険へ加入の対象となる事業所・対象となる従業員は?
では、労働保険(労災保険・雇用保険)への加入の対象となる事業所・会社はどうでしょうか。
労災保険は、雇用形態(パート、アルバイト、派遣など)にかかわらず従業員を1人でも雇う事業所・会社は強制加入の対象となります。雇用保険は、後述にある対象従業員を1人でも雇った時点で強制加入になります。
雇用形態にかかわらず労働の対償として賃金を受ける全ての人が対象となります。
1日限りのアルバイトの人でも対象となるので注意しましょう。ただし、会社の役員や同居の親族で代表権・業務執行権(指揮命令権)を有する人は原則対象になりません。一般的にこれらの人は「使用者」と考えられ、「労働者」とならないためです。
しかし、要件を満たす場合、役員や親族でも「特別加入制度」により労災保険に加入することが出来ます。
常用、臨時労働者、パート、アルバイト、派遣など、雇用形態にかかわらず、以下の条件を満たした人が原則として対象となります。
・1週間の所定労働時間が20時間以上
・31日以上の雇用見込みがある場合
過去は、65歳までが対象でしたが、平成29年から65歳以上の従業員も「高年齢被保険者」として雇用保険の対象となっていますので注意してください。
それぞれの事業所が加入する社会保険について、以下の図にまとめていますので参考にしてください。
※1:個人事業所でも以下の業種の場合は、従業員数にかかわらず任意加入(=強制加入ではない)
①農林水産業、②飲食業・旅館/その他宿泊業・クリーニング・理美容・銭湯等のサービス業、③映画・娯楽業、④法務業(弁護士・税理士・行政書士・社会保険労務士など)⑤教業(神社・寺院・教会)
(※ただし④については2022年10月1日に見直し予定)
社会保険料・労働保険の未加入、支払い漏れ・滞納した場合のリスク
社会保険の加入は国民の義務です。そして、強制適用事業所に当てはまる会社は、社会保険への加入が義務付けられています。労災保険も同様に、従業員が1人でもいれば加入の義務があります。
正当な理由もなく厚生年金に加入しなかった場合、6か月以下の懲役、または50万円以下の罰金刑を受けることになります。また、最大2年分まで保険料を遡及徴収される可能性もあります。
このような行為で遡及徴収されるケースも増えていますので、十分注意しましょう。
もし、事業主が労働保険の成立手続きを行っていない期間中に労働災害が生じ、労災保険給付を行った場合は、遡って保険料を徴収+追徴金を徴収されるほかに、労災保険給付に要した費用の全額または一部を徴収されることになります。(故意の場合は全額、重大な過失とみなされた場合は40%が徴収)
もしも、督促状に記載された指定期限までに納付がされない場合は、本来の納付期限の翌日から完納された日までの日数に応じて延滞金が発生するので注意しましょう。
もしも何らかの理由で社会保険料の支払いが期日までに完了できないことが予想される場合は、早めに管轄の年金事務所を訪れ、納付計画を立てることをおすすめします。
社会保険・労働保険の未加入や未納・滞納は、上記のような罰則だけではなく、会社の社会的信用を失うことにつながります。
また、会社で働く従業員にとっての大切な保障だからこそ未加入による問題に発展しないようにも気を付けたいところです。会社にとっては大きな損害につながりかねませんので、正しく理解し、社会保険・労働保険への加入・正しく納付しましょう。
社会保険・労働保険手続き業務の効率化・簡易化をするには?
雇用主である中小企業やクリニックの経営者の方としては、大切な社会保険・労働保険の加入手続きの漏れや保険料の計算ミス・納付漏れ・滞納といったミスは絶対に避けたいところ。これらのミスを避けるには、それぞれの保険の最新情報を理解し、丁寧に行うことが絶対条件です。
一方で、日々多忙な経営者・事業主の方にとっては、本業に専念する中で社会保険・労働保険の手続き、保険料の計算と従業員の給与計算への反映、保険料の申告・納付、などの業務を本業の傍らにこなすことは至難の業といってもよいでしょう。
では、多忙な中小企業やクリニックの経営者の方が取り入れられる、社会保険・労働保険の手続き業務の負担を減らす方法はどのようなものがあるのでしょうか。
- 会計・労務管理ソフト・クラウドサービスの利用
このような煩雑な業務の負担を減らし、計算・納付額のミスなどを防ぐツールとして、近年、会計・労務ソフトやクラウドサービスが増え、簡単に保険料の計算をしてくれるようになりました。
会計ソフト・クラウドサービスの利用することでのメリットは、以下のようなものがあげられます。- 各種保険料の計算・給与計算が自動化、簡単にできる
- 各種保険に関する届出書や申請書の作成も可能
- 保険料の計算だけでなく、勤怠管理、給与計算、従業員情報など全てを一括管理
- クラウドサービスは、インターネット環境さえあればどこからでもアクセス・作業可能(データ保存の場所も不要)
- 導入コストも比較的安く、導入しやすい
一方で、手軽に導入できる、初心者でも簡単に計算や業務ができる、と正しい知識なしに導入してしまうと「結局無駄な導入だった…」ということにもなりかねません。
また、クラウドサービスは、クラウドに全てデータが一括で保存管理ができる反面、何らかの障害でデータや必要な書類にアクセスできない状況が起こる可能性や、セキュリティ面での不安は残ってしまいます。
- 社会保険・労働保険のプロに相談・業務委託(アウトソーシング)する
従業員を雇用する会社がすることは、社会保険・労働保険の加入や納付だけではありません。
日々、経営・事業を行う中で、従業員が仕事中にケガをした、結婚や出産することとなった、家族の介護が必要となった、などの様々なイベントが起こることもあるかと思います。このような出来事の際にも、社会保険・労働保険に関する対応は必要になります。
このような出来事があった場合、「どうすれば良いか?」を解決してくれるのが、社会保険・労働保険のプロである社労士に相談・依頼することです。
社労士(社会保険労務士)は、労働や社会保険に関する法律と人事・労務管理に対する専門家です。
労働保険・社会保険について
「こんな時どんな手続きが必要?」
「諸手続きに必要な資料、どこで入手できるんだろう?」など、
経営者・事業主の方々の様々な疑問・不安について相談・解決に導いてくれます。
また、労働や人事・労務管理に対する専門知識もあるため、労働保険・社会保険に関与する出来事全般の対処法にも精通しています。
会計・労務管理ソフトやクラウドサービスでは解決してくれない、それぞれの経営者・事業主の方のニーズに合わせた疑問や問題に対して相談・解決ができます。
また、社労士は、労働・社会保険の各種届出・申請書類の作成とその手続きを経営者に代わって代行することができます。
これらの作業は社労士の独占業務のため、社労士のみに委託することが可能になります。
本業に専念したい経営者の方にとっては、社労士をパートナーに持つことで、日々直面する労働・雇用や社会保険などに関する相談や、煩わしい各種届出・申請書類作成からすべての手続きを全てお任せすることもできます。
まとめ
従業員を雇用する会社経営者にとって、社会保険・労働保険への加入し正しく納付することは義務であるのと同時に会社で働く従業員の生活を守るために重要な業務のひとつです。会社に貢献してくれる従業員のための保険だからこそ、正しく・もれなく行いたい。きっと多くの経営者の方がそう思われていることと思います。
少しでも本業に専念したいクリニック・中小企業の経営者や起業家の方にとって、年々複雑化する社会保険・労働保険に関する業務の負担を減らすこと、効率化することは経営者の方の課題の1つといえます。
近年は、このような中小企業の経営者や起業家の方を助けるサービスが充実してきている時代です。ぜひ、一人で抱え込まず、このようなサービスを積極的に利用することで、経営者様の負担を軽くし会社・事業の利益につなげてほしいと思います。
当事務所でも、中小企業の経営者、クリニックや動物病院の院長様、スタートアップやベンチャーの支援を行っております。
労働保険・社会保険に関する手続き・ご相談以外にも、雇用に関するご相談や助成金についてのご相談など、リーズナブルな価格で対応しております。
お客様の目線になり親身になること、そして経営者と従業員のみなさまがともに成長できることをモットーにアドバイスさせていただいております。
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